下水道の話 - パリ五輪トライアスロンから-
今年開催されたパリオリンピック。まだ皆様の記憶に新しいことと思います。
開会式から閉会式まで色々とありましたが、その中で、セーヌ川が会場となったトライアスロンで選手が棄権したり、競技後に嘔吐、入院治療を受けるといあった場面がありました。
排水処理の話題ですので、今回はその原因となった下水道設備の問題点について簡単に解説したいと思います。
下水処理
下水処理の目的は、環境(河川や海)に放流して問題ないレベルにまで水をきれいにすることです。家庭や事業所から出た排水は下水道を通って処理場へと送られ、一般的に3つの工程を経てから放流されます。(下水道に流す排水そのものにも基準値がありますので、工場や農場の排水はその基準値を満たす為に個々で排水処理を行なってから下水へ流します)
1. 前処理最初に、処理設備を損傷したり、処理の邪魔になるような物質を取り除きます。浮いている大きなゴミや、砂などを除去するわけですね。
2. 一次処理前処理では取り除けなかった小さめのゴミを浮上、沈澱の物理的処理によってさらに取り除きます。ここで固形分を取り除くことよより、固形の有機物質(水質項目で言うとBOD、CODにあたります)も減りますので、後の生物処理への負荷が軽くなります。分離された固形分は汚泥として別に処理されます。
3. 二次処理一次処理で固形分を除去した水分はここで生物学的に処理されます。好気性細菌を利用した活性汚泥法やオキシデーションディッチ法により、有機物が分解、除去されます。これをまた沈澱で活性汚泥を含んだ固形物を分離し、最後に処理水を塩素で消毒した後に放流となります。これが一連のプロセスですが、これでは不十分な場合や、処理水を再利用をする場合、また放流先の富栄養化が懸念される場合は消毒前に高次処理も行われます。生物膜ろ過、砂ろ過を用いて更に小さな浮遊物質を、A2O法で窒素、リンを除去します。
ここまでの処理が行われた場合、放流先の環境の水質に悪影響は与えないはずです。では何故、セーヌ川の大腸菌量は安全基準を上回ってしまったのでしょうか?
合流式と分流式
下水道を流れるのは、排水だけではありません。雨や雪として降り注いだ水も、雨樋や側溝から下水道へ流れます。そうでなければ、特に都市部ではすぐに冠水してしまいますよね。
この雨水の経路には、排水と同じ管で下水処理場へ流れる合流式と、排水とは別の経路で河川へ放出される分流式があります。分流式の場合ですと、下水処理場は天候の影響を受けずに一連の処理を行うことができる訳ですが、合流式ですと大雨が降った場合には容量を超えてしまい、十分に処理されないままの排水を雨水と一緒に放流せざるを得ない状態となります。近年整備されている下水道は分流式ですが、大都市圏など古くから下水道が整備されている地域は合流式です。パリの下水道システムもその歴史は古く、合流式なのです。そのため、放流先であるセーヌ川は到底安全とは言えず、100年以上遊泳が禁止されていました。
今回のオリンピック招致を機に、パリ市は莫大な資金を投じて巨大な貯水施設を整備しました。降水があっても下水をそこへ貯留することによって処理施設の機能を維持し、セーヌ川の水質を改善したのです。パリのセーヌ川はロンドンのテムズ川と同様、街の象徴とも言えますし、そこで競技が行われれば2024年のパリ開催はその景色と共に世界中の人々の記憶に残ります。パリ市はおそらくそれを望んでいたのでしょう。
しかし不幸なことに、ちょうど7月のオリンピックの開会式前後、パリはまとまった量の降水がありました。これで新たに整備された貯水施設をもってしても下水処理場のキャパシティを超えてしまい、排水の処理が不十分なままセーヌ川に放流されてしまったのです。そこで競技が決行され、意図しない形で記憶に残ることとなりました。
日本も同様の問題を抱えています。2021年の東京オリンピック2020でも水質が取り沙汰されたことを覚えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか?
晴天が続けば安全基準を満たせるが、降雨量が多くなると満たせない。セーヌ川も、首都圏の下水処理水の放流先である河川が流れ込む東京湾も、泳げるかどうかはお天気次第ということです。
解決策
現存する合流式をすべて分流式に変えてしまえれば良いのですが、それは現実的ではありませんね。大都市圏全域で地下深く穴を掘り、下水管を新たに埋め込んでいくのは、過剰と言えるほど都市開発されてしまった現在到底無理な話ではないでしょうか。
合流式下水道地域では、豪雨時の対策として貯水施設の建設や下水処理場の能力増強、雨水吐出口へのスクリーンの設置などが行われています。
難しい話ではありますが、少しずつでも都市部の河川の水質が改善されていくと良いですね。